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「ペットの熱中症:恐ろしいのは、無知よりも、思い込み」

2018年08月23日

日本とアメリカで活躍されている、西山ゆう子獣医師による記事を紹介します。
ゆう子先生はシェルターメデイシン、獣医法医学にも精通している他、シェルターコンサルト、保護動物アドバイザーとしても活動されています。

    動物病院には、毎日たくさんの動物が、病気や外傷、事故でやってきます。

    このところの猛暑で、熱中症、脱水症で来院したり、倒れたり、ひどい場合は命を落とす動物もいます。私たち獣医師や病院スタッフは、そんな動物たちを診る度に、やりきれなさと、心がつぶれるような気持ちになります。「飼い主様が、もうちょっと、気を付けてくれていたら。。」。

    熱中症の犠牲となるペットの飼い主様の多くは、初心者で、無知な方ではありません。ペットのことを考えない、無責任な飼い主とも限りません。自分の犬、猫をこよなく愛し、可愛がっている方が大勢です。それでも、ちょっとした不注意から、自分の犬、猫を熱中症にしてしまったり、死亡させることがあります。

    今日は、そんな熱中症の思いがけない「例」をご紹介いたします。

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    1:元気に散歩させている犬がたくさんいたから

    Aさんは、以前、近所の人に、「夏は、夜7時過ぎてから散歩しないと、アスファルトがあついから危険」と言われました。「気温は、30度以下になってから。」と気を付けていました。それから、真夏日は、必ず夜7時まで待ち、手でアスファルトが暑くないか、確認してから、犬の散歩に出ていました。

    その日も手で道路の温度を確認し、気温も確認しました。また、いつもの散歩道には、他にも犬を散歩させている方が何人もいらっしゃったと言っています。

    しかし、犬は途中で苦しく歩けなくなり、熱中症で倒れて、搬送されたれた後の緊急処置の甲斐なく、死亡してしまいました。

    Aさんの犬は、10歳の和犬。心臓や肺の持病もありませんでした。ただ言えることは、暑さの感じ方、体温のコントロール力は、個体差があるということです。フレンチブルドッグのような犬種だけが、暑さに弱いのではありません。また、人と同様に、暑さに対する順応性も、犬の年齢によって低下します。

    教訓:何時以降だから、気温何度以下だから大丈夫という保証はない。また、他の犬が元気に散歩できるから、自分の犬も大丈夫とは限らない。

    アスファルトも、時間も、温度計もチェックしました。でも、残念ながら、Aさんは、自分の犬を一番、見てあげなくてはならなかったのです。犬は倒れる前に、「暑くて歩きたくないよ」というメッセージを、Aさんに伝えようとしていたに違いありません。

    2:ワクチン接種のお知らせを受け取ったから

    Bさんは、4歳の猫のワクチン接種のお知らせはがきを受け取りました。ワクチンの期限が切れたら大変、と思い、いつもの病院に予約を入れて、来院しました。予約時間はお昼の12時ちょうど。病院がとても混んでいて、予約したにも関わらず、待合室で少し待たなくてはなりませんでした。

    ふと気が付くと、キャリーの中の猫が、口を開けてハアハアし始めました。幸い、すぐにスタッフが緊急対応し、獣医師が治療処置をしてくれたので、命に別状はなかったですが、結局ワクチン接種はできず、帰宅することになりました。

    車で移動中、病院の待合室が、快適で涼しい温度でも、小さなキャリーの中は、風通しも悪く、思わず温度が上がることがあります。他の動物の鳴き声や病院の匂い、家を出るということに慣れていない場合は特に、それだけでストレスで、体温が上がります。

    教訓:ワクチン、定期健診などの、急を要さないことは、時期をずらして来院するように心がけましょう。予約を受ける病院側も、「気を付けて来院ください」ではなく、時期をずらすよう促し、猛暑の日はなるべく外出を控えるように指導できればと思います。

    3:11年間、ずっと問題なかったから

    Cさんは、大きな和犬を庭で飼っていました。家は日本式で庭も広く、木陰がたくさんあり、また風通しもよい作りでした。今年12歳になる和犬も、春の予防接種の時の検診では、異常なく健康であると言われていました。

    Cさんも、毎年夏は特に気を付けて、十分すぎる量の冷たい新鮮な水を、いつでも飲めるように給水し、木陰がちゃんとあるか確かめ、庭に温度計もありました。しかし、残念ながら、犬は熱中症で倒れ、そのまま亡くなってしまいました。

    「毎年、ハアハアしながらも、木陰で休んでいて、大丈夫だったから」「一度、室内に入れようとしたけど、嫌がって、外に行こうとしたから」「風が吹くと、けっこう涼しくなり、26度くらいになる庭だったから」と、Cさんは、ショックを受けていました。

    夏の暑さは、毎年同じとは限りません。犬も、加齢とともに、たとえ持病がなくても、暑さに弱くなります。体力も低下します。また、風が吹けば涼しい庭も、風が吹かなかったら、暑いに違いありません。

    教訓 「今まで大丈夫だった」は、外飼いの判定基準になりません。暑さも変われば、動物も高齢化します。ペットは皆、涼しくした室内で過ごさせてください。

    4:毎日、45分の散歩と遊びが絶対に必要と言われていたから

    Dさんのジャックラッセルテリアは、とても元気がよく、毎日の散歩と遊びが大好きです。以前、室内で、物をかじって破壊する問題行動のために、トレーナーと相談した時に、毎日45分以上の散歩がとても大切だと指導されました。

    そして、暑いので日中を避けて、夜になっていつもの散歩をしました。しかし、その日は散歩途中で、犬が熱中症で倒れて、痙攣して病院に運ばれました。

    教訓。暑い時は、犬も体力が落ちます。気温何度なら大丈夫、ではなく、犬の調子、体力、疲労具合をよく見て、初めから時間のノルマを決めずに、軽めの運動を心がけるべきでしょう。トレーナーの言った事はもちろん大切ですが、散歩ではなく、室内で行う運動にするなど、夏は運動量も、運動のタイプも、暑さに応じて変えることが大切です。

     

    5:うちの犬は、毛を刈ってはいけないブリードと言われたから

    獣医師は、熱中症予防対策として、毛を刈ったり、ショートにすることをお勧めすることがあります。犬の年齢、体力、栄養状態や体力、体温調節の機能などを、総合的に考えて行う、医療アドバイスの一つです。しかし、飼い主様の中には、「このブリードは、皮膚が敏感で、刈ると紫外線で皮膚ダメージを受けるから」「このブリードは、目が弱く、顔周りをカットすると目が紫外線でやられてしまう」「和犬は、毛が密なのは、暑さから体を守るため。刈ると逆に体温調整できずに熱中症になるから」。「一度ショートにしたことがあるけど、かわいそうなくらい変な姿になったので」、などと、拒否されることがあります。

    様々な情報が、インターネットやブリードクラブ、ペットショップサロンなどから、簡単に得ることができます。ご自分の好みもあるでしょう。もちろん、正しいものも、都市伝説、でまかしなど、様々な情報が出回っています。私たち獣医師は、そんな中で、熱中症予防という視点から、医学的に総合判断して勧めています。どうか、命を守る医療アドバイスに、耳を傾けていただけたらと思います。

     

    「エアコンのなかった平安時代の日本女性は、夏でも十二単を着て、暑さに耐えた。なので、エアコンなしで、厚着をしてがまんしなさい」と言われたら、あなたは猛暑の中、エアコンなしの部屋で、12枚の着物を重ね着して、過ごせますか?

    動物は自ら、リモコンで室温調節することができません。

    暑くて歩けなくなる前に、きっと、必死で、「暑いよ」というメッセージを発信しています。

    一匹で室内、庭、車内に閉じ込められて、暑くなっても、携帯で助けを求める事はできません。

    自分のペットの命を守るのは、飼い主様しかできないこと。あなたの愛するペットは、あなたの判断に、命を委ねています。

    1匹でも尊い命が、暑さのために奪われてしまうことがないよう、このメッセージを書きました。日本中のペットたちが、無事にこの猛暑の夏を、のりきれますように。

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    2018年8月吉日 西山ゆう子

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