アークニュース

猫は新型コロナウイルスに感染しますか?(西山ゆう子獣医師の記事より)

2020年04月13日

日本とアメリカで活躍されている、西山ゆう子獣医師による記事を紹介します。 ゆう子先生はシェルターメデイシン、獣医法医学にも精通している他、シェルターコンサルト、保護動物アドバイザーとしても活動されています。

今回は、ペットとコロナウイルスについての記事をご紹介します。

猫は新型コロナウイルスに感染しますか?

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複数の方から質問を受けました。

猫を飼っています。新型コロナウイルスが、犬より猫にもうつるという研究結果が出たとサイエンスに載ったと聞きました。なのに、どうして、厚生省のようなところは、人からペットにコロナはうつらない、と言い続けるのでしょうか。心配で夜も眠れません。

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Aさんへ。
私は臨床獣医師で、1匹ずつ診療し、病気を治療するのが仕事です。そして、アカデミア、研究者と呼ばれる人たちは、病気や伝染病などを、グローバルに研究し、薬や治療法やワクチンなどを研究開発します。
この質問は、おそらくアカデミアの人たちのほうが詳しいと思います。私の専門とは少し離れますが、私が理解している、研究や報告などについて、どういうシステムになっているのか、お話します。もし間違いがあるようでしたら、どなたかご指摘ください。


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研究発表論文を発表する雑誌やサイトには、いろんなカテゴリーがあります。Preliminary Report (日本語で、予備報告?)というのは、雑誌の委員会や専門医などのチェックを受けず、そのままの結果、考察を載せることができます。他にPeer review (査読)というプロセスがあり、これはしかるべき選考委員が、その雑誌のレベルや基準などを考慮した後で受け付けてもらえるものです。研究目的も、薬やワクチン開発から、基礎から、自分の学士号のためのものもあるでしょう。
一般に、新しい研究はPreliminaryから始まります。Aさんが聞いた猫の感染の記事も、Preliminary の論文で、専門家がその信ぴょう性、正当性、データの解釈など、総合的に判定したものではありません。
だからといって、その論文を信用しないとか、レベルが低いとかいう訳ではありません。
査読のない論文サイトは、誰でも発言できる場所であり、将来につながるすばらしい研究を斬新な視点から行うこともできる、チャンスを与える場でもあります。
しかし同時に、その論文を書いた研究者の、データ解釈の仕方や、実験方法の正当性など、全くチェックされていませんので、その結果を、うのみにするのも、よくありません。ようは、それを読む研究者が、Preliminary なのか、査読済みなのかを、把握していなくてはなりません。
獣医師会や、感染症の専門委員会は、今回の中国からの猫の報告を、無視している訳ではありません。Preliminary として注目をしながら、さらに他からの、複数の同様の報告を待っている状態です。そして、今後報告が増え、やがて査読論文が出て、研究者たちの見識や意見が一致してきます。その後、私たち臨床家たちに向けて、現実的なガイドラインが設定されます。

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今回、中国の研究機関で続けて発表された、2つの論文(Susceptibility of ferrets, cats, dogs, and other domesticated animals to SARS–coronavirus 2)( SARS-CoV-2 neutralizing serum antibodies in cats: a serological investigation)は、どちらも、bioRxivという査読前の報告を集めたサイトに発表されました。繰り返しになりますが、このサイトが、決してあやしいとか、信頼できない、というのではありません。誰もが意見することができる、という意味で、私はSNSのようなもの、と感じています。それゆえ、唐突なアイデアや、画期的な実験の報告もできます。今回は、今世界中で注目されている新型コロナウイルスの報告で、この種の実験としては初めての報告なので、とても意義がありますし、注目されました。
猫のSusceptibilityの報告ですが、これも、査読前報告でありながら、世界初の貴重な報告であるゆえ、雑誌サイエンスの中の、「レポート」という記事の中で紹介されています。しかし、サイエンスの学術論文サイトに、きびしい審査に合格して載った学術論文ではありません。あくまでも、報告記事として、紹介されたものです。

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この2つの報告ですが、私も拝読しました。アカデミアではない私の、あくまで個人的な感想です。猫のSusceptibilityのほうは、6匹の猫しか使ってなく、フェレットも3匹だけと、とても少数なので、今後の報告が必要かと思いました。また、これは自然ではありえない膨大な数のウイルスを人工的に注入したものなので、自然感染との比較実験も、これから必要だと感じました。
後者の猫の抗体検査のほうも、102匹のうち15匹の猫で、ELISA陽性であったために14.7%が感染したと結論していますが、残る87匹が陰性であったとは書かれていないので、Negative Control なしの統計計算ではないかと案じました。こちらも、飼い猫だけではなく、シェルターや動物病院など、滞在していた環境そのものが違うので、解釈も簡単にはできないと感じました。2タイプの抗体検査に結果のばらつきも、原因が不明瞭です。
 Aさん。結果から言うと、まだ今の段階ではよく分かっていないのです。ただ言えることは、世界で100万人以上が新型コロナに感染し、そのうち10%の人が、猫を飼っていたとしたら(おそらくもっと多いとは思いますが)、10万匹以上の猫が、今回の新型コロナウイルスと濃厚接触をしたことになります。現在のところ、猫がコロナに感染したという報告は数えるほどしか出ていません。なので、人から猫に感染し、猫が死んだりすることは、おそらく少ないのではと想像します。しかし、ウイルスを、無症状の猫がはこんで、人に感染させる可能性は、今後判明するかもしれません。今は否定されています。しかし、これも、今後の報告、研究待ちです。
アメリカの獣医師会等が、感染者と接触したペットを、感染していない人が接触する時は、ガウン手袋などの防護具をつけて、他のペットと離して取り扱うことと指導しています。これは、ウイルスが、ペットを通して、ペットからヒトへ移す可能性を考えているからです。
何より大切なのは、まず自分が新型コロナウイルスに感染しないこと。そして、自分の猫が外に出ないで、完全に家の中で生活し、感染疑いのある人と接触させないこと。これさえ守れば、Aさんの猫が、新型コロナウイルスにかかることはありません。
皆さんくれぐれも、安全に、お過ごしくださいね。

2020.4.11

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