雄鹿と防護ネット
雄鹿と防護ネット
5月初め、ゴールデンウィークのある日、1頭の若鹿が、近くの畑の新しい菜園に目をとめました。おいしそうな野菜にありつこうと、鹿はフェンスを乗り越えることにしました。畑の周囲には、動物防止用のナイロン製ネットがゆるく張られています。雄鹿は、運悪く枝角をネットに引っ掛けてしまいました。驚いて、もがけばもがくほど、ネットは角に絡まります。私たちが近づくと、鹿はますますあわてたのか…枝角が1本ちぎれて、血が顔にしたたり落ちていました。
アークの周辺では、野生動物と人との果てしない闘いが繰り広げられています。農家が作物を動物から守ろうとする一方、イノシシ、シカ、アライグマ、キツネ、ウサギなどは餌を求めて必死です。とりわけ、イノシシは虫の豊富な田んぼに入り、泥の中で転げまわるのが大好きです。ジャンプできないイノシシは、背の低い金属柵で防御できますが、シカは高さ180cmの柵でも跳び越えてしまいます。電気柵をめぐらす農家が多いものの、安価なナイロン製ネットで済ませる場合もあり、これが侵入しようとする動物に絡みつくのです。シカなどの野生動物に限りません——-私たちも、引っ掛かった犬を、ネットを切って逃がした経験があります。誰かが見つけて解放しない限り、捕われた動物はゆっくりと死んでいきます。お百姓が侵入動物を発見した場合、ハンターに連絡して始末を頼むのが一般的ですが、なかには、自ら荒っぽい殺し方をするケースもあります。
さて、この雄ジカの頭と首に巻きついたネットを取り除こうにも、パニックに陥った頑丈なシカに近寄るのはたいへん危険です。大型連休中のことで、ほとんどの動物病院が休診している中、運よく、休日返上で現場に出向き、動物に鎮静処置を施してくれる獣医さんが見つかりました。「患者」に接近して注射をするわけにいかず、医師は薬剤の入った注入器を長い吹き矢に入れて飛ばし、何本かの注射を打つことに成功しました。やっとシカが寝入ったのを見届けて、私たちは傷を調べました。枝角1本が折れ、何本かは傷ついています。足には切り傷があるものの、骨折はしていません。私たちはできる限り外傷を消毒しました。
まだ昏睡状態にあるシカを空き地に運んで、獣医は覚醒させるために拮抗薬を投与しました。10分後、シカは目を覚ましました…まだ意識もうろうとした様子で。やがて起き上がって、仲間の住む山の方へゆっくりと歩き出す姿を私たちは見届けました。あのシカが、苦い経験から教訓を得て、この先、ネット柵に用心し、とりわけ、あの畑には決して近寄らないことを願うばかりです。